風刺喜劇 Stuff Happnes |

90年代初めからペルシア湾地域での覇権を握ることを目論んでいたネオコンの暴走、無知と野心、宗教的な確信から彼らに操られるブッシュ、アドバイザーというよりブッシュの秘書のように忠実に仕えるライス、米国のおごった姿勢に戸惑うブレア、ちょっと頭の足りない主人に仕える悪役番頭ふうのチェイニー、ヒューマニストとナルシストがミックスしたヨーロッパ人インテリのデパルパン、慎重すぎてパワーに欠けるブリック、その誠実そうな人柄とバランス感覚から米国国民の圧倒的な支持を受けながらも、ネオコンを阻止できなかったパウエルと、キャラクタリゼーションには、特に目あたらしさはない。
脚本を書いたデイビッド・ヘアはイラク攻撃関係の本、約50冊を読み、コロンビア大学の研究者の協力を得てリサーチし、一部関係者から直接話も聞いたそうで、政治家たちが記者会見やインタビューで行った有名な発言と、デイビッド・ヘアが付け加えた虚構シーンで構成されている。
タイトルの”Stuff Happens”は、バクダット攻撃直後に市内で強盗や誘拐などが多発したことに対する感想を問われたラムズフェルドの「そういうことは、自由社会ならどこでも起きるものだ」という悪名高いコメントからの引用。冒頭に彼の記者会見シーンがある。このシーンが象徴するイラク攻撃提案者たちの無知と傲慢さ、無責任さは初めから終わりまでどっさりと盛り込まれている。ストーリーは、9.11直後からイラク攻撃までの意思決定の過程である。俳優たちは、実在の人物のしゃべり方やジェスチャーを強調してそっくりに演じ、笑いを誘うような演出になっている。良くも悪くも娯楽性は高く、人気政治風刺バラエティ番組“Daily Show”のような感じ。
ノンフィクションの部分とフィクションを混ぜたことについては、史実を元にした映画同様に、いったい“事実”を歪めて提示しているのかという点を問う声もある。実際、この問題について、上演後、観客からデイビッド・ヘアに対して質問が出た。ヘアの答は、「シェークスピアも実在の人物をモデルに歴史劇を書いた。自分は、イラク問題に啓発されて書いただけ。悲劇のヒーローであるパウエルを中心に、様々な立場の人物たちが交錯していて、これほどシェークスピア的な権力ドラマはない」。作品そのものは、ブッシュ政権に対して批判的はあるが、政治的意図から書いたというより、人間模様に興味を抱いてというのが動機のようである。
ちなみに、お芝居が始まる前、舞台挨拶に立ったパブリック・シアターのディレクターは、「今年の夏のシーズンの最後を飾る作品として、この作品を、来月の中間選挙を控えた今、ここで皆さんに上演できることは実に意義深い」とコメント。ずいぶん、率直に反共和党の立場を明確にしたものだと思ったら、この作品の最後に登場するイラク人が、「国のリーダーの過ちは、それを選んだ国民に責任がある」と切々と訴える台詞のことを意味していた。ところで、この作品の上演費用は、ハリウッドとブロードウェイの敏腕プロデューサーのスコット・ルディンが出したそうだ。
観客の反応はすばらしく、終わった後は、ほとんど立ち上がって拍手していた。上演中、もっとも大きな拍手は、仏外相がパウエルに「世論調査によれば、あなたに対する米国国民の支持率は大統領のそれよりも高い。それを有効に使ったらどうです?」だった。本当にあの当時のパウエルの無力さは今も謎である。個人的には、当時、彼が辞任でもしたら、米国国民のブッシュ政権に対する支持率はもっと低くなり、状況は変わるのではと思って期待していた。
以下、上演後、舞台でしゃべったデイビッド・ヘアのコメント、聴衆の質問に対する回答の抜粋。
「きっかけは、ロンドンのオリビエ劇場のスティーブン・ダドリー(映画「リトル・ダンサー」の監督)からの提案……ずば抜けて頭が切れると思われている指導者(ブレア)がいったいどうして、まぬけだと思われている相手(ブッシュ)と組むことになったのかという疑問があった。ぼくの見解は、世界平和に大きな貢献をしたいと望むブレアが、テキサスのブッシュの農場に招かれたときに、イギリスがイラク攻撃を支持する立場につくなら、米国がイスラエルにプレッシャーをかけて、パレスチナ問題解決の道を探るという合意をブッシュからとりつけたのだと思う(はたして、そんなにブレアはナイーブだろうか?)……ブッシュは自分の脳みそが足りないということは自覚しているが、自分の強大なパワーについても自覚し、他人には自分こそパワーの頂点にいる人間であることを常に意識させるテクニックを知っている。まともな人間は、会議でほとんど意見を言わないブッシュの態度にうろたえる……ワシントンでも上演したかったが、できなかった」